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天文学大事典

■天文学大事典「序文」より

 天文学は古代ギリシャ以来人類が獲得した最古の科学である。と同時に、天文学は現代の精巧で高度な技術を駆使して最前線を牽引する最新鋭の科学でもある。長年の間に蓄積された天文学の知見は時代とともに磨き直されながら、新発見や新概念で塗り替えられ、日々天文学は大きく飛躍している。もっぱら天の現象の観察・観測に頼るほかない天文学であるにもかかわらず、そこから読みとられる自然界の驚異は、人々の心をしっかりと捉えてきた。また、天文現象は物理学・化学・生物学・地学など諸学の知見抜きにしてその意味することを見抜くことができない。宇宙は多種多様な物質の実験の場となっているからだ。その意味で、天文学は諸学と足並みを揃えて常に前進してきたのである。

 人類は、遙かのロマンを抱いて天の世界に自らを投影しつつ、天が投げかけてくる謎に挑戦してきた。人類が抱く好奇心や想像力はけっして止まることがなく、より遠く、より暗い、より微妙な天体の姿を求める努力が科学や技術を駆動してきたのだ。そのような長い人類の歴史の中で培われてきた莫大な知の集大成として、現代天文学が成立している。そして、人間の文化の重要な一分野としてしっかりとその地位を保ってきた。その意味で、現代天文学は多大な先人の知恵と躍進著しい最新の科学を結合した金字塔なのである。天文学の歩みは人類の知の歴史そのものといえるかもしれない。

 本事典は、そのような現代天文学のよって立つ基礎となる知識を、コンパクトに、かつわかりやすく記述する一方、さまざまな科学の最前線との接点を意識して書き進めることに重点をおいた。科学の成果は常に新しい発見に乗り越えられる宿命を持つが、時代を越えて貫徹している原理や法則は装いを変えつつも永遠の真実として科学の屋台骨を支えており、それらの両面を過不足なく叙述することに努めたのだ。

 したがって、本事典は、天文学に関する基本的な事象に関して万全を期することを第一義とするとともに、最新の話題にも対応できるように工夫している。最古で最新の科学である天文学の現在の姿を如実に示すことを意図したからだ。本事典は、天文学に興味を持つ一般読者の相談相手になることを目指してはいるが、科学ジャーナリストや科学コミュニケーター、教育関係者、そして天文学の専門家にも広く活用できると信じている。簡潔な定義的な説明と重要度を配慮した解説を組み合わせ、それぞれの立場に合った記述に努めたからだ。さらに、天文学を起点にして科学の今を考えるヒントを得るためにも使っていただけると思っている。幅広い読者を想定して、天文学のイロハから最新の知識まで盛り込んだつもりである。

 さらに、言葉の単純な解説にとどめず、利用者の想像を刺激するよう物語風に語るよう工夫もした。そのため、重要度に応じて大項目や中項目で詳しく解説するとともに、小項目においては要領よく内容を解説するように努めた。日進月歩の分野が多く、その詳細に関わっていてはキリがないため、その大要を的確に書くことを優先した。とはいえ、むろん現時点において最新の情報を網羅している自信はある。正確さと理解しやすさを最大の目標にしたが、まだ不十分な部分が残っているかもしれない。分野別編集委員による査読と執筆者による加筆・訂正を行ない、疑問や要望を可能な限り取り入れて原稿の改訂作業を繰り返した。

 今、世間では多くの事典類が出版されており、天文学や宇宙に関する類書も数多くある。しかし、私たちの誇りとするところは、天文学に関して日本人の手による最初の大きな事典であり、日本が寄与した成果をも過不足なく取り上げていることである。むろん、科学の世界は普遍的であり国際的であるのが普通で、あえて日本発の事典という必要はないかもしれないが、比較的遅れて出発した日本の天文学が世界に伍する実力を獲得したのみならず、今や世界をリードする地位に立っていることを強調したいのだ。そのような科学の土台があればこそ、本事典のような大部の書物を完成することができたといえよう。

池内 了(総合研究大学院大学教授、天文学大事典編集委員会編集幹事)