海と湖の貧栄養化問題

水清ければ魚棲まず
表紙
山本 民次・花里 孝幸 編著

ISBN978-4-8052-0885-4

A5判/208頁

\2,400+税


概要

1970年代のわが国では水域の富栄養化が進行し、赤潮が発生して問題となったが、その後の水質改善の努力が功を奏し、水質は良好になってきた。しかしその一方で、窒素やリンなどの栄養塩不足、つまり「貧栄養化」が原因と思われる海苔の色落ちや漁獲量低下が報告されている。本書は、すでに問題が指摘された瀬戸内海、諏訪湖、琵琶湖における水質浄化の取り組みや、長年にわたる水質データ、生態系の変化などから、「貧栄養化問題」の背後にあるプロセスとメカニズムを浮き彫りにする。

★瀬戸内海の貧栄養化については、2015年1月6日の毎日新聞、2月12日の朝日新聞でも取り上げられました。
★平成27年度 日本沿岸域学会出版・文化賞を受賞しました。

編著者

山本民次(やまもと・たみじ)
1955年、愛知県生まれ。広島大学水畜産学部水産学科卒業。1983年、東北大学大学院農学研究科博士課程後期単位取得退学。農学博士。日本学術振興会奨励研究員、愛知県水産試験場(技師)を経て、現在、広島大学大学院生物圏科学研究科教授。
共編書、翻訳書、論文多数。主なものに、『「里海」としての沿岸域の新たな利用(水産学シリーズ)』恒星社厚生閣(編・共編著、2010年、日本沿岸域学会出版・文化賞受賞)、『川と海』築地書館(共著、2008年)、訳書に『水圏の生物生産と光合成』』恒星社厚生閣(2002年)、『水圏生態系の物質循環』恒星社厚生閣(2006年)、など。 長年、海・川・里・海とつながる「流域圏」を調査し、物質循環の解析とともに、問題となる状況を改善するために有効な方策をいくつも提案し、研究を地域貢献につなげてきた。焼いて砕いたカキ殻を用いて、海辺のヘドロに含まれる硫化水素などの有害物質を吸着させる研究もその一つである。
日本プランクトン学会、日本水産学会、日本水環境学会はじめ、所属学会多数で、編集委員ほか学会役員を務める。環境省、国土交通省の各種検討委員を務めるほか、中海自然再生協議会WG委員、NPO法人広島循環型社会推進機構理事等、国、地方の両方で、社会貢献活動を積極的に行っている。

花里孝幸(はなざと・たかゆき)
1957年、東京生まれ。千葉大学理学部を卒業後、国立公害研究所(現:国立環境研究所)研究員。1995年、信州大学理学部教授(附属諏訪臨湖実験所)、現在、信州大学山岳科学研究所教授。1996年に第5回生態学琵琶湖賞、2009年に中国上海市白玉蘭賞を受賞。専門は陸水生態学。特に湖沼の動物プランクトンの生態研究が中心。動物プランクトンを中心とした生物群集における生物間相互作用(食う−食われる関係や競争関係)の解明に取り組んでいる。有害化学物質や温暖化などが、湖沼生態系に及ぼす影響にも興味を持っている。
主な著書に、『ミジンコ―その生態と湖沼環境問題』(名古屋大学出版会、1998年)、『ミジンコ先生の水環境ゼミ―生態学から環境問題を視る』(地人書館、2006年)、『ネッシーに学ぶ生態系』(岩波書店、2008年)、『自然はそんなにヤワじゃない―誤解だらけの生態系』(新潮社、2009年)、『生態系は誰のため?』(筑摩書房、2011年)、『ミジンコ先生の諏訪湖学―水質汚濁問題を克服した湖』(地人書館、2012年)、などがある。

目次

目次
はじめに/山本民次

第1章 諏訪湖の「富栄養化問題」と「貧栄養化問題」/花里孝幸
 1.1 富栄養化し、アオコが大量発生
 1.2 水質浄化の取り組みとその効果
 1.3 アオコとユスリカの大発生がなくなった
 1.4 水質浄化に伴う漁獲量の低下
  1.4.1 水質浄化が魚の餌不足を招く
  1.4.2 レジームシフトが水質と漁獲量の関係を見誤らせる
 1.5 富栄養度の指標としての漁獲量
 1.6 ヒシの大繁茂による新たな問題
  1.6.1 迷惑水草ヒシの大繁茂
  1.6.2 水質浄化のみでなく底質改善へ
 1.7 動物プランクトンの変化
  1.7.1 ワカサギの減少が大型動物プランクトンを増加させた
  1.7.2 カブトミジンコの出現
 1.8 諏訪湖の貧栄養化問題
  1.8.1 富栄養化しても貧栄養化しても問題は生じる
  1.8.2 湖にどういう生態系を望むのか?

第2章 琵琶湖の水質変化と漁獲量の変動/大久保卓也
 2.1 琵琶湖の概況
 2.2 琵琶湖の水質変化
 2.3 琵琶湖に流入する汚濁負荷量の変化
 2.4 漁獲量の減少とその原因
 2.5 漁獲量変動と環境要因の関係の統計解析
 2.6 まとめ
 COLUMN 琵琶湖におけるプランクトンの長期変動/一瀬 諭

第3章 瀬戸内海の貧栄養化―その原因、プロセス、メカニズム/山本民次
 3.1 はじめに
 3.2 富栄養化と貧栄養化
 3.3 瀬戸内海における透明度と赤潮発生件数の推移
 3.4 流入負荷量の増減と生態系のヒステリシス応答
 3.5 物質の負荷と分布の空間的偏り
 3.6 ストックとフロー
 3.7 無機栄養塩の減少
 3.8 物質収支の計算
 3.9 ロトカ・ボルテラモデルによる考察
 3.10 底泥の劣化
 3.11 おわりに
 COLUMN 貧栄養化で瀬戸内海の動物プランクトン現存量は変化したか?/樽谷賢治

第4章 瀬戸内海東部の貧栄養化と漁業生産/反田 實
 4.1 はじめに
 4.2 播磨灘の漁場環境
  4.2.1 播磨灘の概要
  4.2.2 透明度について
  4.2.3 栄養塩環境
  4.2.4 陸域負荷と海域のDIN濃度
 4.3 ノリ養殖の現状
 4.4 漁船漁業の現状
 4.5 漁獲量と栄養塩(DIN)の変動
  4.5.1 小型底びき網の漁獲量とDIN濃度
  4.5.2 イカナゴ漁獲量とDIN濃度
 4.6 播磨灘の漁獲量の減少要因を考える
  4.6.1 獲りすぎ(乱獲)?
  4.6.2 干潟、浅場、藻場の減少?
  4.6.3 貧酸素水塊や赤潮が原因?
  4.6.4 高水温化は?
  4.6.5 貧栄養化は?
 4.7 富栄養化進行期と貧栄養化進行期における漁業生産
  4.7.1 漁獲物組成の変化
  4.7.2 富栄養化と漁業生産
 4.8 国や県レベルでも動き始めた貧栄養化対策
 4.9 おわりに

第5章 瀬戸内海におけるアマモ場の変化 ― 生態系構造のヒステリシス/堀 正和・樽谷賢治
 5.1 はじめに
 5.2 沿岸域におけるヒステリシス―漂泳生態系と底生生態系の関係
  BOX 用語解説―ヒステリシス、カタストロフィックシフト、レジームシフト
 5.3 藻場の変遷
  5.3.1 藻場面積の現状把握
  5.3.2 アマモ場の調整サービス
  5.3.3 アマモ場に関連した漁業生産の変化
  5.3.4 アマモ場の文化サービスの変化
 5.4 おわりに―「豊かな海」の生態系構造を考える

第6章 北海沿岸における貧栄養化と水産資源変動/児玉真史
 6.1 欧州における栄養塩負荷管理
 6.2 北海南東部の栄養塩環境の変遷
 6.3 北海南東部におけるプレイス資源変動
 6.4 おわりに

第7章 栄養環境の変遷と水産覚え書き/鷲尾圭司
 7.1 はじめに
 7.2 明石の経験から
  7.2.1 1980年代から90年代における明石のノリ養殖の変遷
  7.2.2 イカナゴのくぎ煮の全国展開
  7.2.3 明石漁業者の富栄養化への対応のまとめ
  7.2.4 2000年以降の明石の漁業事情
 7.3 ノリ養殖漁業の苦労
  7.3.1 ノリの色落ちとその背景
  7.3.2 ノリ養殖の技術的側面から見た色落ち
  7.3.3 地球温暖化の影響
  7.3.4 限界を迎えた資本集約型の生産体制
 7.4 海底のヘドロと底生生物
  7.4.1 ヘドロの堆積と貧酸素水塊の形成
  7.4.2 2000年以降、ヘドロが減少
 7.5 湖沼の栄養循環と生態農業の考え方
  7.5.1 生態農業とは何か
  7.5.2 湖沼やため池を組み入れた日本の生態農業
  7.5.3 今後の湖沼やため池の管理に必要な視点
 7.6 貧栄養環境における漁業のあり方
 7.7 おわりに

おわりに/山本民次

索引

執筆者一覧

編著者
山本民次(やまもと・たみじ):広島大学大学院生物圏科学研究科
花里孝幸(はなざと・たかゆき):信州大学山岳科学研究所

執筆者(執筆順)
大久保卓也(おおくぼ・たくや):滋賀県琵琶湖環境科学研究センター
一瀬 諭(いちせ・さとし):滋賀県琵琶湖環境科学研究センター
樽谷賢治(たるたに・けんじ):水産総合研究センター西海区水産研究所
反田 實(たんだ・みのる):兵庫県立農林水産技術総合センター水産技術センター
堀 正和(ほり・まさかず):水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所
児玉真史(こだま・まさし):国際農林水産業研究センター
鷲尾圭司(わしお・けいじ):水産大学校