世界自然遺産と生物多様性保全
概要2011年、小笠原諸島と平泉の世界遺産ダブル登録に国内が湧いた。今や世界遺産はブランドとして定着し、登録をめざして、世界各国の多くの候補地がしのぎを削る。その結果、本来、危険にさらされた世界遺産の救済に使われるべき世界遺産基金のほとんどが新規登録案件の調査費に回されるようになったことや、世界遺産への観光客の集中など、深刻な問題がいくつも生じており、今、世界遺産条約そのものが危機に瀕している。 2012年は世界遺産条約採択から40周年。世界遺産条約はどのように生まれ、生物多様性条約とはどんな関係にあるのか。世界遺産条約によって生物多様性を保全することはできるのか、できないとしたらどうしたらよいのか。40年の節目の年に、本書では、特に世界自然遺産に重点を置き、世界遺産条約が生態系や生物多様性の保全に果たす役割や今後の課題を検討する。著者紹介吉田正人(よしだ・まさひと) 博士(世界遺産学)1956年、千葉県生まれ。千葉大学理学部生物学科卒業後、日本ナチュラリスト協会、日本自然保護協会において、環境教育、全国各地の自然保護問題の解決や世界遺産条約などの国際条約の推進に携わる。 2004年、江戸川大学社会学部環境デザイン学科助教授となり、環境教育、保全生態学、文化自然遺産論などを担当。2010年より、筑波大学大学院人間総合科学研究科世界遺産専攻准教授として、自然保護論、世界遺産論等を教えている。 現在、国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)会長として、世界遺産条約を通じた生物多様性保全に取り組む。 日本には四つの世界自然遺産があるが、これらすべての登録にかかわった。 目次序章 世界自然遺産と生物多様性保全 第1章 世界遺産条約 1-1 世界遺産条約の概要 1-1-1 自然遺産の定義 1-1-2 世界遺産リストへの登録基準 1-1-3 完全性(Integrity)と真実性(Authenticity) 1-1-4 国内法による保護担保措置 1-1-5 世界遺産委員会と諮問機関 1-1-6 世界遺産基金(World Heritage Fund) 1-2 世界遺産条約の歴史 1-2-1 ユネスコのヌビア救済キャンペーンとICOMOSの設立 1-2-2 IUCN保護地域委員会と国連リスト 1-2-3 米国の世界遺産トラスト構想 1-2-4 パリからストックホルムへ、ストックホルムからパリへ 1-3 日本における世界遺産条約 1-3-1 世界遺産条約批准に至るまで 1-3-2 日本における自然遺産の登録 1-3-3 国内候補地の決定 (1)スクリーニング (2)国内外の候補との比較研究 (3)顕著な普遍的価値の検証 (4)国内法による保護担保措置 1-3-4 推薦書の提出 1-3-5 諮問機関による現地調査 1-3-6 世界遺産委員会における審査 1-4 世界遺産条約による自然遺産の保護と管理 1-4-1 管理計画とモニタリング 1-4-2 管理計画(Management Plan) 1-4-3 緩衝地帯(Buffer Zone)の設定 1-4-4 世界遺産の管理体制と住民参加 1-4-5 世界遺産のモニタリング 1-4-6 危険にさらされている世界遺産一覧表(危機遺産リスト) 1-4-7 世界遺産リストからの削除 第2章 生物多様性条約 2-1 生物多様性とは 2-1-1 生物多様性の定義 2-1-2 生物多様性の現状と危機 (1)生物種の現状と危機 (2)生態系の現状と危機 2-2 生物多様性条約 2-2-1 生物多様性条約の目的と原則 2-2-2 生物多様性の保全と持続可能な利用 2-2-3 ABS(遺伝資源へのアクセスと利益配分)と名古屋議定書 2-2-4 生物多様性条約新戦略計画(愛知ターゲット)と国連生物多様性の10年 2-2-5 生物多様性国家戦略と生物多様性地域戦略 2-3 生物多様性条約の成立過程 2-3-1 国連人間環境会議と人間環境宣言 2-3-2 世界自然保護戦略(World Conservation Strategy)と世界自然憲章(World Charter for Nature) 2-3-3 第3回世界国立公園会議と遺伝資源の保全 2-3-4 IUCN総会(世界自然保護会議)における国際条約決議 2-3-5 環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会) 2-3-6 ワシントン・ニューヨークからナイロビ・リオデジャネイロへ 2-4 生物多様性条約と保護地域プログラム 第3章 世界遺産リストから見た生物多様性保全 3-1 自然遺産のクライテリアから見た自然遺産・複合遺産 3-1-1 ただ一つのクライテリアで登録された自然遺産 3-1-2 複数のクライテリアによって登録された自然遺産・複合遺産 @(vii)自然美の基準と(viii)地形地質の基準 A(vii)自然美の基準と(ix)生態系の基準 B(vii)自然美の基準と(x)生物多様性の基準 C(ix)生態系の基準と(x)生物多様性の基準 3-1-3 四つのクライテリアをすべて満たした自然遺産・複合遺産 3-2 自然遺産のタイプから見た世界の自然遺産・複合遺産 3-2-1 火山と熱水現象 @イエローストーン国立公園 Aハワイ火山国立公園 Bカムチャツカ火山群 3-2-2 氷河とフィヨルド @ロス・グラシアレス国立公園 Aヨセミテ国立公園 Bテ・ワヒポウナム 3-2-3 カルストと洞窟 @ハ・ロン湾 Aアグテレック・カルストとスロバキア・カルストの洞窟群 Bグヌン・ムル国立公園 3-2-4 化石産地 @カナディアン・ロッキー山脈自然公園群 Aメッセル・ピット化石地区 Bワディ・エル・ヒータン 3-2-5 森林 @レッドウッド国立公園 Aキナバル国立公園 Bオーストラリアのゴンドワナ雨林 Cコミの原生林 Dマデイラ諸島の硬葉樹林 3-2-6 草原と砂漠 @ンゴロンゴロ自然保護区 Aセラード自然保護区:ヴェアデイロス平原とエマス国立公園 Bウヴス・ヌール盆地 Cアイールとテネレの自然保護区 3-2-7 陸水域(河川・渓谷・湖沼・滝) @グランドキャニオン国立公園 Aイグアス国立公園 Bマラウィ湖 Cバイカル湖 Dドナウ・デルタ 3-2-8 海岸・沿岸域 @エヴァーグレーズ国立公園 Aシャーク・ベイ Bスンダルバンス国立公園 3-2-9 海洋・島嶼 @ガラパゴス諸島 Aグレートバリアリーフ Bフェニックス諸島保護区 3-2-10 生物多様性 @カフジ・ビエガ国立公園 Aイシュケル国立公園 Bエル・ビスカイノのクジラ保護区 Cケープ植物区保護地域群 D四川省のジャイアントパンダ保護区群 3-3 日本の自然遺産 3-3-1 屋久島 3-3-2 白神山地 3-3-3 知床 3-3-4 小笠原諸島 3-3-5 琉球諸島 第4章 世界遺産条約と生物多様性の保全 4-1 世界遺産リストの代表性と信頼性 4-2 セイフティーネットとしての危機遺産リスト 4-2-1 危機遺産リストを回避することによる保全 @タスマニア原生自然遺産(オーストラリア) Aカカドゥ国立公園(オーストラリア) Bエル・ビスカイノ生物圏保存地域(メキシコ) Cセレンゲティ国立公園(タンザニア) 4-2-2 危機遺産リストを活用した問題解決 @イグアス国立公園(ブラジル) Aガラパゴス国立公園(エクアドル) Bマナス野生生物保護区(インド) 4-2-3 危機遺産リスト入りしたまま長期間経過 ガランバ国立公園、カフジ・ビエガ国立公園など(コンゴ民主共和国) 4-2-4 危機遺産リストが活用されず世界遺産リストから削除 アラビアオリックス保護区(オマーン) 4-3 開発からの保護とバッファーゾーン 4-3-1 バッファーゾーンの概念と歴史 (1)生物圏保存地域におけるバッファーゾーン (2)世界遺産条約におけるバッファーゾーン 4-3-2 日本の自然遺産におけるバッファーゾーン (1)屋久島と白神山地 (2)知床 (3)小笠原諸島 4-4 国境を超えた保護地域と世界自然遺産 4-4-1 国境を超えた保護地域 (1)国境を超えた保護地域の歴史 (2)国境を超えた保護地域の意義 4-4-2 国境を超えた世界遺産地域 4-4-3 東アジアにおける国境を超えた保護地域・世界自然遺産の可能性 4-5 世界遺産条約と生物多様性保全 4-5-1 世界遺産リストのギャップを埋める 4-5-2 保護地域の生態系ネットワークと世界遺産地域の役割 第5章 世界遺産条約採択40周年を迎えて 5-1 世界遺産リストと国内遺産リスト 5-2 危機遺産リストと国際協力・予防措置 5-3 世界遺産をフラッグシップとした保護地域のネットワーク化 5-4 世界遺産条約に対する持続可能な資金 5-5 世界遺産条約に関する若者の参加 5-6 世界遺産条約における「普遍性」と「多様性」の矛盾 付表 あとがき 引用文献 索引 著者紹介/写真の出典 |